25日(金)

1st Round

いよいよコンクール当日となった。このコンクールでは、15分という比較的長い制限時間と、そのなかに課題曲であるOlivier Messiaenの「O sacrum convivium!(おお、聖なる饗宴)」と、自国の作曲家による最近の作品を盛り込むという規定が設けられている。Evergreenが選んだ日本の曲は、奄美の島唄をもとにした、松下耕氏作曲の「塩道長浜節」。さきに歌った「さくら」が、日本のなかの「陽」の部分を表現しているとすれば、こちらは「陰」の部分を表現しているといってもよいだろう。曲に込められた怨念やはかなさといった細やかな感情を表現するには、高い集中力と精神性が必要だ。まさに日本独特の音を、日本を知らない人々にうまく伝えることができるかどうか。最初に歌うことになっていただけに、このときの緊張感は、かつてないほどに高まっていた。この緊張感は、結果的にとてもよい方へ向かっていったと思う。

2曲目に歌ったハンガリー生まれの現代作曲家György Ligetiによる「Two Dreams and Little Bat」は、リズムが錯綜する超難曲。二つの奇妙な夢と、そのはざまを漂うコウモリとを、エストニアコンサートホールにくっきりと浮かび上がらせることができたと思う。続いて3曲目は、課題曲の「O sacrum convivium!」。ppの音に込められた鋭い精神性を、聴衆が息をのんで見守ってくれた。ホールの空気は、聴衆を見ずとも肌で感じられるほど心地よく張りつめていて、そのなかに、ホールの隅までも、冴えた音が響きわたった。

最後の曲はフィンランドの新進作曲家、Jaakko Mäntyjärviによる「Double, Double Toil and Trouble」。大胆な演出をつけての演奏だった。聴衆の笑いを感じ、同調することで、Evergreenの側の気分も盛り上がった。このときの同調作用によって、それから後のEvergreenの方向性、すなわち合唱のエンターテイニングな部分を向上させようとする方向性が、明確になったと思う。

最高の集中力を保ち、かつ楽しむこともできた演奏であったと思う。演奏後、いつまでも続く拍手とスタンディングオベーションに包まれながら、胸を張ってステージを降りた。このように、最高の演奏をさせてくれたのは、まさにエストニアコンサートホールの聴衆たちに他ならない。聴衆に感謝するとともに、Evergreenをこのステージにのせてくれた人々に、感謝したい。

1stラウンドの4曲を歌い切って、舞台袖に降りていくと、なんとそこには宝塚で僕らをコンペティションに誘ってくださった、ヴェノ・ラウルさんの姿がありました。ラウルさんは他の合唱団の指揮者でもあり、僕らの本番のために、わざわざ駆けつけてくださったのでした!
「舞台袖でしか聴けなかったけど、あなたたちの演奏は素晴らしかった」と、たくさんの温かい言葉をかけてくださいました。
宝塚の審査員講評の時にも話を直接うかがっていた僕は、こうしてまたエストニアの地で出会うことができ、しかも僕らの演奏のために駆けつけてくださったことに大感激でした。あなたがあの時励ましてくださったおかげで、僕らはこんな素晴らしい舞台に立つことができたのです、と言いたかったのですが、そのときは感激のあまり、Thank youという言葉ばかりで、何も話せなかった記憶があります。
宝塚の後に出したメールにも、お忙しい中、丁寧なメールを返してくださって、やはり励ましてくださったラウルさんのような方がいることを思うと、エヴァーグリーンとしていつまでも歌い続けたい、そして、また演奏を聴いてもらいたいと思わずにはいられません。

1st ラウンドを終えて

その後いくつかの団の演奏を聴く機会があったが、どの団からも、新鮮な響きを聴くことができた。15分のステージの最後には、どの団にも聴衆を楽しませようという演奏があり、Evergreenにとっては驚きの連続。大いに刺激となった。このように、聴くだけでも楽しめるようなコンクールに、一つの団体として参加できたことを喜ばしくと思う。ステージを降りてから、Evergreenは、たくさんの賞賛の言葉を様々な形で受けとった。

それは例えば、観客として来ていたエストニアの婦人の言葉であり、同じ合唱人であるイギリスの合唱団Reading phoenix Choirの団員たちの言葉であった。このイギリスの合唱団は、Evergreenと同じホテルに滞在していた。そして、今回のコンクールでは競争相手にあたるEvergreenの演奏に、惜しみない賞賛の言葉をくれたのだ。彼らが教えてくれた寛容さ、互いを認め合う態度は、合唱人として、さらに人間として、見習ってあまりあるものだ。音楽は、互いに認め合うことによって、より有機的な、精神性の高いものになっていくのではないだろうか。

いろいろなことが起こった一日を終えてから、ホテルの部屋で集まって飲んだエストニアのビール「SAKU」の味は、決して忘れない。それは、充実感とさらなる期待が入り混じった、複雑な味だった。旅は三日目、まだまだ先は長いのだった。