26日(土)
ブラックヘッドの兄弟の家
合唱祭もはや三日目、最終日となった。前日のコンクールの結果はこの日の13時に発表される。各部門(Evergreenは室内合唱の部にエントリーしていた)の1位もしくは1位2位の合唱団、計6団体が、グランプリラウンドに進出できることになっている。Evergreenは、12時から旧市街にあるブラックヘッドの兄弟の家のホールにて、イギリス、ラトヴィア、エストニアなどの参加合唱団とともに演奏会を行っていた。ここでは、沖縄の民謡や日本のわらべ歌などを披露。合唱を通して日本を伝えることが、楽しくて仕方がなかった。演奏が終了した瞬間に、ホールが揺れるほどの拍手と、足踏みと、歓声。惜しみなく賞賛を送ってくれる聴衆を前に演奏する幸せは、何度味わっても気持ちよい。演奏後、指揮者の仁階堂氏の前に、友人のヤーニカさんが歩み出て花束を渡してくれるという思いがけない出来事もあって、大いに盛り上がった。
― Program ―
- Ensemble Evergreen (Japan)
- 一番星みつけた(信長 貴富)
- ほたるこい(小倉 朗)
- てぃんさぐぬ花(瑞慶覧 尚子)
- なり山あやぐ(瑞慶覧 尚子)
- 谷茶前(瑞慶覧 尚子)
- The mixed youth choir of the Latvian Academy of Culture "Sola" (Latvia)
- Chamber Choir of Tallinn Technical University (Estonia)
- Chamber Choir Coro (UK)
- Chamber Choir Euterpe (Sweden)
1stラウンド1位
13時、他の合唱団の演奏を聴いているあいだに、ガイドのヤンネさんのもとに、コンクール結果の通知が届いた。結果は「WINNER」。…室内合唱部門1位とのこと。喜びも実感できないままに、旧市庁舎前の広場で軽く昼食をとり、エストニアコンサートホールへ向かった。このとき、あまりの実感のなさに、昼食はただ胃袋におさまるべきものにしか見えなかった。私が覚えているのは、メンバー全員で昼食を食べている光景が異様に明るく、その明るさに迫られるような感覚があったということだけだ。
グランプリ・ラウンド
たどり着いたコンサートホールは、立ち見が出るほどの満員!ホールに点数表が張り出されており、Evergreenが1stラウンドにおいて、参加団体中1位の95.2点という評点を与えられているのを見る。最後の演奏ということで、この短い時間の間に、グランプリラウンドに向けて集中力を各自高めて行った。Evergreenが歌ったのは3曲。1曲目に、William
Byrd「Ave verum」。2曲目は、György Orbán作曲、József Attila作詞による「De
profundis - Nem emel föl(誰も助けてくれない)」。若くして自らの命を絶ったハンガリーの詩人による、絶望と錯綜を描いた詩に、Orbán氏が、氏の友人の死をきっかけに、「生と死」をテーマに作曲した「S.Aの思い出に捧げる混声合唱組曲I」の中の1曲である。帰国後、エストニア旅行時の演奏のビデオを見る機会があったが、演奏のなかで一番目が離せなかったのはこの曲だった。それは、他の曲にはない、ものすごいエネルギーと、熱さという温度が伝わってくるのを感じたからだ。この曲でEvergreenが見せた新しい可能性は、エンターテイメントとは違う方向性において、これからのEvergreenを変えていくものだと思う。
3曲目の柴田南雄作曲「追分節考」では、男声が、作務衣姿に縄をもって馬子を表現し、客席の間を練り歩いた。「何が起こっているのだろう?」と息をひそめる聴衆の関心の中を歩き回る男声の方々はさぞかし気持ちよかっただろうと思う。女声はステージの上に残り、日本固有の和音を張り詰めた空気の中でつむぎだしていく。音を保つのに気力を要したが、そんな女声の思いは、三人の「俗楽旋律考」娘の気合のなかに集約されたのではないだろうか。「さくら」とも「塩道長浜節」とも違う日本が、ここでも表現できた。
合唱祭終幕
コンクール終了後のファイナル・コンサートでは、エストニア国立男声合唱団の演奏が披露された。ホール内を満たす圧倒的な響きに加えて、そのエンターテイメント性の高さには驚きと笑いの連続!団内から、「あんなのやってみたい!!」という声がいくつもあがった。演奏後は、他の合唱団と共にスタンディングオベーションに大きな拍手で、彼らを見送った。日本では、素晴らしい演奏を聴いても、大抵大きな拍手のみで終わってしまう。せいぜい手を大きく上に伸ばして拍手する程度だろう。スタンディングオベーションで演奏を賞賛するという習慣が、日本にはない。これは非常に残念なことだ。惜しみない賞賛を体で表現するのは大切なことで、そうすることによって、歌う側と聴く側の交わりはより近く、深いものとなる。この心地よさを素直に体験できたことは幸せだったと思う。
表彰式には、各部門の1位が1曲披露するという演出がついていた。室内合唱の部で優勝したEvergreenは、瑞慶覧尚子氏による、沖縄民謡をもとにした「谷茶前」を、団オリジナルの踊りで演奏した。「日本」があふれる演奏に、聴衆の温かい視線が送られる。こんな喜びがあるのかと思うほど、幸せだった。最終的に、グランプリは、温かく、真摯な姿勢で母国の音楽を奏でたイギリスの合唱団Coroが獲得した。持っているものをすべて出し切ったEvergreenのなかには、確かにグランプリになれなかったことを残念に思う気持ちがあった。しかしその感情を素直に認めてなお、Coroの演奏の素晴らしさに感激し、惜しみない賞賛を送ったのだった。
こうしてコンクールは終了した。たくさんの合唱団の素晴らしい演奏を聴くことができ、そのような場所で、そしてこんなに温かい雰囲気のなかで、Evergreenも歌うことができた。この思いは、団員一人一人にとって、大きな財産になるだろう。優しく、かつしっかりした重さを持つ余韻がEvergreenの中に残り、決して消えることはないだろう。
ファイナル・パーティー
表彰式の数十分後には、コンサートホールから椅子が運び出されて、立派なパーティー会場になった。ステージの上ではバンドが生演奏でBGMをつくりだす。各国の合唱団の人々が集まって、言葉で、また体で(つまり一緒に踊ることによって)、交流を深めた。日本では、こんな機会はめったに持てるものではない。Evergreenもいそいそとダンスホールの方へ入りこみ、イギリスやイタリアの合唱団と共に踊り始めた。それにしても、その踊りは、よく言えばオリエンタルな(?)、まずく言えば、・・・こっけいな踊りだった。個人的には、今後のEvergreenの課題にしたいと思うのだが、どうだろうか。