27日(土)

教会ミサ/閉会式/お別れパーティー

いよいよ合唱祭最終日。グァテマラで歌えるのはもう今日だけ。早いなぁ。もっといたいなぁ。そういえば、前に行ったエストニアのときもそんな事を考えていたかな?…さて、今日も参りますか!

まずは、国立劇場にて写真撮影。全合唱団でとった写真は普通だったが、Evergreen単独の写真はなかなかかっこよいかも。すごく暖かいのがたまらない、11月末なのに。

次に、全合唱団で大聖堂のミサに参加。Evergreenは『Kyrie』を歌う。ミサの段取りが良く分からないので少し不安だった。歌は何とか歌えたけど失敗もあり、ちょっと反省。普段の暮らしの音楽が満足に出来なくて俺はなにを歌うんだ? そんなことを思っていると、子供が通路でふらふら遊んでいるのが目に入る。端には椅子が足りずに立っている人がいる。ミサに参加している人は自分の祈りを届ける姿勢を持っている。座っている人、立っている人、ひざまずいている人、歌っている人。

どんな形をとるかではなく、何を想うかという一点のみで人々はミサに参加しているように感じた。ならミサでの歌は?なにより想いを歌う事なのかな。

そうだったら、想いと祈りを普段から持っていない僕では歌いきれないなぁ。日本にはこういう場はあったかな?ミサで祈っている人がとても美しく見えた。

グァテマラ・シティの市街地でもちょっとした市内行進があり、その後はいよいよ国家宮殿での閉会式。その前にトイレ…と思ったら紙切れのうえ水が流れない。さすが国家宮殿、甘くはない。終了後まで持ち越しかなぁ…。でも、そんな不安感はコロ・ビクトリアの音楽を聴くと吹き飛んでしまった。

幻想的なメロディーと民族性豊かな衣装と踊り。満月の岩場で女が踊っている。子の亡骸(なきがら)を抱いて、あやしている。リアルにそんな光景が浮かんだ。言葉も旋律も初めて感じるものばかりだけど、歌の思いが伝わってくる、驚いた。 ノリのいい歌ばっかりなのかな? と感じていただけにこの衝撃は凄まじかった。このままじゃあ負けるな、あの曲に勝てるか? と、どこかで考えたとき僕の中に新しいモノが湧き上がってきた。

『アホゥ! あいつらの歌はずっと歌われてきたもんじゃ。ただ自分んとこの味を歌にしただけじゃろーが! 勝負どころじゃあない。こっちもぶちかますだけじゃあ!』。そうだった、勝ち負けなんて無い、どんな音楽にも。今はただ僕らの歌を伝えたい。

いっちょやったろうかい!

『狩俣ぬくいちゃ』と『Luna de Xelajú』を歌った。

歌うほど聞いてくれる。客席から熱いものが吹きしているのが分かる。歌を聞いてくれたみんな、ありがとう。嬉しすぎて泣けんわ。

フィナーレとして全合唱団で合同曲を歌った。誰がなんやら分からんけど、同じ歌を歌っているから目が合うと何だか幸せだった。

合唱祭の予定行事が全て終了し、スペインセンターという施設のプールサイドで、「打ち上げ」兼お別れパーティーが催された。

ひたすら酔って踊った。かなりラテン系っぽい腰つきができるようになった人、大仏マスクをかぶる人、盆踊りなサンバ?になっている人、とても熱かった。

宴の締めに、振り付けのあるコケティッシュな曲をコロ・ビクトリアと一緒に演奏した。

楽しいよ、ほんまに。楽しい疲労感につつまれて、この一日が終わった。

<文責:岩井孝浩>