22日(金)

<9月22日前半・生月島内観光>

ぐっすり眠れた次の日の朝。とてもおなかがすいていました。 急いで身支度を整え、いざ食事へ。生月滞在中の食事のほとんどは、宿から近い大敷食堂にお世話になりました。

港のすぐ隣にある大敷食堂の売りは、何といっても魚料理。 地元取れたての魚料理を堪能出来ることは、今回の演奏旅行の楽しみの一つでもありました。 この日の朝食では、あったかいご飯にお味噌汁、ふっくら玉子焼きに塩味の利いた目刺しをいただきました。 想像以上の美味。おかわりもたっぷりいただいて、すっかり満腹になりました。

ちなみに、昼食はアジのフライに、イカとアジとシイラのお刺身。シイラはお味噌を付けていただきます。 アジのフライにも一同感激!東京のスーパーのアジのフライがしばらくは食べられないくらいの感動的な美味しさでした。

早朝の生月島の風に吹かれて、すっかり目が覚めたところで、生月島の観光へ出かけました。ガイドは地元のボランティアの大浦さん。

大石さん運転のマイクロバスに乗り、まずは生月の観音様へ行きました。 とても大きい観音様で、額には大きな真珠が埋め込まれています。 そして観音様の視点の先には、沖合に浮かぶ中江ノ島があります。 かつて、生月のかくれキリシタンが何人も護送され、殉教した島です。 こうした悲しい歴史とは対照的に、観音様のある小高い丘から見た中江ノ島の景色はとてもきれいでした。 私たちが訪れたのは午前でしたが、夕方であればきれいな夕焼けが見えたことでしょう。

と、ここで島内アナウンスが聞こえてきました。

「アンサンブルエバー (間) グリーンによる演奏・・・」

最初は独特の間があって気づかなかったのですが、なんと、実行委員会のはからいで、島内放送等でこの日の山田教会の演奏会の宣伝をして下さっていたのです。 びっくりすると同時に、演奏会への緊張感も高まった瞬間でした。

観音様の次は、ガスパル西玄可殉教の史跡に向かいました。 ここでは巨大クルスが私達を見下ろしています。このクルスもやはり中江ノ島の方向を向いています。 そしてその付近にあるお墓もやはり中江ノ島の方を向いています。生月の人と中江ノ島との結びつきが垣間見える気がしました。

ちなみに、巨大なのはクルスだけじゃありません。 お墓の付近には、巨大なクモがたくさん巣をはりめぐらしていました。 東京ではこんな大きなクモは滅多に見られません。 クモの巣をみんなで避けながら見学しました…。

次にしばらく車を走らせて向かった先が、生月島の北端にある大バエ灯台です。 ここは何といっても風が強かった! 生月島はどこにいても風が強いのですが、ここが一番だった気がします。 特に灯台の上は何かに捕まっていないと振り落とされてしまうくらい(!)に強かった。 しかも灯台の周りは断崖絶壁。上からのぞくとかなりの迫力です。

風車がいくつかあるのも生月の特徴です。 風がある程度吹かないと風車は高価すぎて作れないそうなのですが、生月島の風量なら採算が取れるのだそうです。 生月は風の島なんですね。 風車が回っている様子は、見た目にはゆるやかな感じがしますが、実際にはかなり風が強いことがわかりました。

大敷食堂で昼食を頂いた後、次に向かったのは生月島の歴史や文化に関する豊富な資料が展示された博物館「島の館」です。 生月島ではかつて捕鯨が盛んに行われており、「カクレキリシタン」だけでなく、捕鯨に関する展示も、この島の館は非常に充実していました。 私たちの現代の食生活では、くじらが食卓にのぼることがほとんどないということもあり、今回の訪問で多くのことを知ることができました。

島の館の入口にはくじらの噴水があり、風の強い日は噴水シャワーを浴びることが出来ます。 中に入ると、捕鯨の様子を再現した大きな模型があったり、空中には実際のくじらの骨が浮いていたりと、迫力満点の展示でした。

今回の公演準備でも大変お世話になった中園さんが、それらについて一つ一つ説明して下さったのですが、特に印象に残ったのが、捕鯨の手段としてくじらの子供を利用して、その"母くじら"を捕るというものでした。 一見残酷なことに思えますが、生月の人々が生計を立てるために行ってきたことであり、あえて資料として展示されているのだそうです。 当時の人々が真剣にそして真摯に生きていたということをひしひしと感じました。

続いては「カクレキリシタン」の歴史に関する展示です。 「カクレキリシタン」については団員も事前に色々と資料を見ていましたが、その実物を見ることで、より鮮明に当時の様子を目に浮かべることが出来ました。 中でも、実際の「カクレキリシタン」の家を移築した展示に触れて、キリシタンの人々が、至る所に神々が祭られている(※)中で生活されていたことを改めて感じさせられました。

「かくれキリシタン」と「くじら」の歴史。 いずれも、生月という一つの島の歴史にとどまらず、私達日本人を知る上で重要な歴史の一部であると思います。 資料で見るだけではなく、実際に現地を訪れて見聞きしたことは、団員にとって非常に貴重な体験となりました。 島の館の皆様、本当にありがとうございました。

【執筆:伊藤佳代】

<9月22日後半・山田教会>

島の館観覧後、ほとんど休憩する間もなく、今回の演奏旅行で最初の本番となる、山田カトリック教会へと移動しました。「いよいよだ。」教会の中に一歩足を踏み入れた瞬間、身の引き締まるような思いがしました。 これからこの小さな島の教会で、遠い昔のグレゴリオ聖歌と、今に受け継がれているカクレキリシタンの皆さんのオラショのお唱え、そして現代の合唱曲「おらしょ」「天地始之事」が出会う。

東京での練習で曲の背景などを学んでいたとき、頭で理解はしているつもりでも、まだまだ実感は伴っていませんでした。 けれども、こうしてその場に立つと、今からやろうとしていることの不思議さ、意義や重大性といったようなことが、実感として湧き上がってきたのです。

客席にもびっくりしました。 イスではなく、お客さんはみんな床に座って演奏を聴くのです。 それだけ、お客さんとの距離が本当に近いということ。「これは歌いづらいかもしれない」という不安が頭をかすめました。

そして開演。
床に座っているお客さんでいっぱいの会場を見渡したときは、やはり緊張しました。

まずは聖歌。「サカラメンタ提要」より「In Paradisum」。 続いて"Laudate Dominum","Nunc dimittis","O gloriosa Domina"。 最初のうちは緊張のためか、少し硬くなってしまいました。 でも、お客さんはみんな、すごくいい顔をして私たちの歌を聴いて下さっています。 その表情を見ていると、私たちも自然と硬さがほぐれていきました。

聖歌が終わり、カクレキリシタンの皆さんによるオラショのお唱えに入る前に、中園さんからのお話が入ります。
「オラショのお唱えは、もともとは先ほどEvergreenが歌った聖歌だった。でも、今ではまったく違うものに聴こえる。その変容の中に、カクレキリシタンの受けた苦難がうかがえるのではないか。」
というお話はとても印象に残りました。

そして、「らおだて」「なじょう」「ぐるりよざ」の三つの歌オラショのお唱えが始まり、私たちも正座して耳を傾けました。 とても迫力のあるものでした。 CD音源で聴いたものと同じはずなのに全く違う。 目の前にいる人が、自分の家に代々受け継がれてきたものを滔々と唱える姿は、非常にリアルで説得力がありました。 この場に居合わせることができてよかったと心から思いました。

お唱えのあと、再びEvergreenの演奏に入ります。 千原英喜作曲「おらしょ カクレキリシタン3つの歌」、そして同じく千原英喜作曲で、私たちの委嘱初演となる「天地始之事」。 精一杯歌いました。今日来て下さったお客さん、演奏会開催にあたって惜しみない協力・援助をして下さった関係者の方々、実際にお会いしてお話を伺った皆川達夫先生と作曲者の千原英喜先生、この演奏会に関わったすべての人に感謝の気持ちを込めて。 そういった多くの関係者の皆様に支えられ、とても精神性の高い演奏ができたと思います。

そしてアンコールは、「サカラメンタ提要」より"Tantum ergo"と、「島唄」。みんな、晴れ晴れとしたいい顔をして歌っていました。 最初は「歌いづらいかもしれない」と感じた客席との近さ。 でもその近さのおかげで、お客さんのあたたかい反応を肌で感じることができ、かけがえのない時間を共有することができたのだと思います。 お客さんとの一体感が幸せでした。

こうして初日の演奏会は、無事に終了しました。

演奏会終了後は、お唱えを頂いたカクレの方々にもご同席を頂き、地元の料理屋「豊兆」にて打上げを行いました。 時間が遅かったため、わずかしかお話を伺えなかったのは、少し残念でしたが、それでも漁にまつわる生月島の歴史のお話や、以前東京に公演でいらっしゃった時のお話など、とても貴重なお話を伺うことが出来ました。

ちなみに、この「豊兆」の名物は、特大の『ジャンボ味噌汁』。大きなお椀に、地元で取れた沢山の魚介類を入れたこの味噌汁は、正に絶品でした。

【執筆:広谷梓】

演奏プログラム:

【第1部】
サカラメンタ提要より
In Paradisum
グレゴリオ聖歌
Laudate Dominum
Nunc dimittis
O gloriosa Domina
【第2部】
生月島壱部地区かくれキリシタンのオラッシャ
(出演:生月島壱部地区のかくれキリシタンの皆さん)
【第3部】
千原英喜:混声合唱のための「おらしょ カクレキリシタン3つの歌」
【第4部】
千原英喜:混声合唱のための「きりしたん 天地始之事」(新作委嘱初演)