長崎演奏旅行記

2006年9月21日(木)〜24日(日)

<はじめに〜9月21日>

2006年は、日本にキリスト教をもたらした聖フランシスコ・ザビエルの生誕500年にあたる記念年です。 この記念すべき年に、Ensemble Evergreenは「聖フランシスコ・ザビエル生誕500年記念年に際して 『Ensemble Evergreen平戸・生月公演 〜天地始之事‐悠久の時を越えた祈り〜』」を開催しました。 その開催に至る経緯と、演奏旅行の詳細について報告致します。

Ensemble Evergreenは、「合唱を通じた交流」を活動の一つの柱とし、様々な形で国際交流・文化交流・地域交流を進めています。 2003年には北欧バルト3国のエストニア・ラトビアへ、2004年には中米グァテマラへそれぞれ海外演奏旅行を行う他、国内においても2005年には沖縄県那覇市での主催演奏会開催や、地域の合唱祭参加、福祉施設や中学校への訪問演奏など、幅広く活動を展開しています。 2006年は、「自分達の国である『日本』をもっとよく知ろう」というテーマのもと、2005年の沖縄に続く、国内での公演開催を模索していました。

日本の各地に民謡があり、固有の文化があります。 それらを調べる中で、江戸時代の禁教を乗り越え、さらに明治以後現代にいたるまで自分達の信仰と祈りの歌「オラショ」を守り継いでいる、カクレキリシタンの人々と、今なおカクレキリシタンの方が多く住むという長崎県生月島の存在が浮かび上がってきました。

「オラショ」は、カクレキリシタンの人々の間に伝わる祈りのことで、ラテン語の「oratio」に由来しています。 中でも長崎県の生月島においては、キリスト教が伝承された時代に歌われていたであろう賛歌が、江戸から明治にかけての禁教時代を乗り越えて、現在においても「歌オラショ」として受け継がれており、その歴史的、文化的な価値は非常に高いと言われています。

 400年前に伝わった歌が、楽譜もないままに今なお歌い継がれており、一方で、その伝統は、伝承者の高齢化により、急速に失われようとしています。 折しも2006年が聖フランシスコ・ザビエル生誕500年の記念年であることを知り、そのザビエルゆかりの地であり、かつ「オラショ」がなお詠み継がれている長崎県平戸・生月で、「オラショ」のお唱えと共演という形で、合唱公演が出来ないものか。こう思い立ったのは2006年1月でした。

2006年2月、5月と2度にわたって生月島を訪問し、平戸市生月町博物館・島の館の学芸員中園氏、生月町文化協会の鳥飼氏とお会いし、今回の企画についてのお話をさせて頂いたところ、快くご協力を応諾頂き、早速「キリシタン音楽公演実行委員会」という対応委員会を立ち上げて頂くこととなりました。

その後、この委員会が中心となって、公演開催への準備を進めて頂き、最終的には以下の3公演が行われることとなりました。

 9月22日(金) 生月島:山田カトリック教会
 9月23日(土) 生月島:開発総合センター
 9月24日(日) 平戸市:田平カトリック教会

今回の公演は、上記の通り、ザビエル生誕500年という記念年に開催という大きな意義があることに加えて、以下のような観点から、大変歴史的意義の深い公演となったと考えています。

  • 禁教時代を乗り越え、先祖代々受け継がれてきたカクレキリシタンの歌オラショと、歌オラショの原曲とされる賛歌の歴史的出会い
  • オラショの詠み継がれている生月島においての、合唱曲として作曲された「おらしょ」の演奏
  • キリシタンによって語り継がれた物語である「天地始之事」の合唱作品委嘱初演

歌オラショの原曲とは、主に皆川達夫氏の研究により、それと推定されている"Laudate Dominum", "Nunc dimittis", "O gloriosa Domina"の3つの聖歌です。 中でも"O gloriosa Domina"は、現代の聖歌集からはすでに失われてしまっているスペインのローカル聖歌であり、2曲が今こうして並列されて演奏されることの歴史的意義は大きなものであると考えています。

また、「オラショ」を題材にした作品はすでにいくつか知られていますが、今回は千原英喜氏による「混声合唱のための『おらしょ カクレキリシタン3つの歌』」を取り上げました。 キリシタンの伝承歌や、当地に伝わる民謡と、中世・ルネサンス期のキリスト教聖歌を織り交ぜて楽曲を構築する中で、キリシタンの人々の受難と悲哀を歌い上げた作品です。

さらに今回の公演にあたり、千原氏に新しい作品の委嘱を依頼しました。 公演の意義をお伝えしたところ、キリシタンの人々の間に伝わる、日本版聖書とも言える、「天地始之事(てんちはじまりのこと)」をテクストとした作品を書いていただくことを、快く引き受けていただきました。

「天地始之事」は、宣教師がまだ長崎に滞在していた当時に聞いた聖書の話を元に、キリシタンの人々によって日本人らしい視点により編纂されたとされる物語であり、できあがってきた楽曲は、まさにその世界を十二分に表現する、和洋混在の、色鮮やかな物語風の作品となりました。

本番前の練習には、「オラショ」研究の第1人者である皆川達夫先生にもお越し頂き、貴重な話を沢山お伺いすることが出来ました。 生月島で初めて歌オラショに出会った時の話、その原曲を求めて何度もヨーロッパを訪問した話など、一つ一つのお話すべてに重みがあり、平戸・生月公演を行うに当たっての勇気をもらった感じがしました。

このような準備を経て迎えた公演前日の2006年9月21日(木)午後9時半。 Evergreenのメンバーは、長崎空港に降り立ちました。 そこには、今回の公演の事前準備で大変お世話になった中園学芸員、そして公演の最初から最後までマイクロバスの運転を引き受けて下さった生月町教育委員会の大石班長の姿がありました。

長崎空港からバスに揺られること2時間半。 真っ暗な中、生月大橋を渡り、宿舎である船員福祉会館に到着したのは午前0時半でした。 船員福祉会館では、管理人の田村さんが、その遅い時間まで起きて待っていてくれ、会館のご案内までして頂きました。 男性が泊まることになったのは、200畳はあろうかという大広間。この大きさにはとてもびっくりしました。

沸かしておいて頂いた風呂に入る人、港の散歩に行く人、早速寝いびきをかく人などなど、思い思いの生月最初の夜は更けていきました。

【執筆:宮崎竹大】